9画面スクリーンについて


RINS-project006にむけて

08.06.13


 私は今から二年前、2006年の4月に大学院映像コースのRINS-factoryに入学しました。学部時代を現職場である駒沢女子大学の映像コミュニケーション科で過ごした私は、イメージフェノメナンについて何の予備知識もないまま、新入生として篠原、板屋両教授にお世話になることにりました。卒業制作時にスリットカメラという「時を連続的に記録する装置」を製作し、大学院でも引き続き、そのカメラを使用し「時の形を留める」表現について学ぼうと思っていました。しかし新学期、研究室の扉を開けるとそこで待っていたのは9画面スクリーンによる映像制作でした。  先生方から丁寧に過去の作品を紹介していただき、今まで見た事のない映像に感動と、同時に戸惑いを感じました。なぜ9つも画面があるのか。言葉や人物の登場しない映像はどのように構成されているのか。それは言葉の通じない外国に初めて降り立った人のように、心細いものでした。私は一旦それまでの制作を中断し、9画面スクリーン作品の制作を行う事にしました。
 制作過程に於いて、私の環境がそれまでと大きく変化した事といえば、周りに人がいるということでした。皆別々の作品を制作しているのですが、共通のフォーマット(9画面)での展示を目指しているのですから、日常的に他の制作者の作品を見たり、話しをしたりする機会が増えます。それまで私は、「自分が自分の想う作品にどれだけ近づけるか」という事を念頭に制作をしてきたのですが、この集団的個人作業を通じて、「自分の作品は、これまでの映像表現に対してどうあるべきか」という意識へと変化しました。過去の作品を模倣するだけであれば、新たに作品を制作する必要はない。ブルーノ・ムナーリの著書に「芸術家とデザイナー」がありますが、RINSでの活動は、その両方を持ち合わせていたように感じます。一方で個人の意思があり、他方で「映像」という大きな流れに対しての考え方がある。9画面展示に挑戦した事のある人は、誰もがこの2つの間で揺れ動くのではないでしょうか。  また、9画面映像制作のアプローチとして、制作現場が美術大学である、という事も大きな役割を果たしているように感じました。これまで「映像」という領域はテレビや映画のドラマトゥルギー、カット編集に支えられ、その揺るぎない地位を確立してきました。しかし、視覚芸術という見地から今後映像がその表現手段としてどのような着地点を見いだして行くのかは現在も、この先も、試行錯誤を続けて行く必要があります。9画面展示はこの点に於いてもある立場をとっています。9画面とは映像投影のスクリーンである事と同時に、9枚の(または大きな1枚の)キャンバスでもあります。画家達これまで一枚のキャンバスに様々な時空間を留めてきました。9画面はある時は平面として、またあるときは奥行きのある空間としてその様相を変化させます。そして9画面という異系の展示形態は、その存在自体が彫刻物と同じように、展示空間である教室全体に影響を与えます。これまでの絵画、彫刻、建築などとの関わりにより、因果関係を持った上で9画面スクリーンはそこに存在しています。  在籍していたのはほんの二年間でしたが、RINSで過ごした経験は、この他にも語り尽くせないほど多くの感動と発見がありました。そして2008年3月、最終的に学部時からの研究課題「時の形を留める表現」から発展し「還元された時の表現」を修了制作作品として展示しました。水族館をイメージした馬蹄形空間に9画面映像を展示し、作品として一つの着地点に到達しました。2006年度のオープンキャンパスで確信的な答えを見いだせず、ただ漠然と自分の制作した映像を眺めた時から1年半、その時が作品としての完成系ではなく、あれがイメージフェノメナンとしての始まりだったのです。


駒沢女子大学 人文学部

映像コミュニケーション科 非常勤講師

石橋悠子